GENSHOSEKI
雄勝玄昌石(おがつげんしょうせき)

 玄昌石とは、地質科学的には2~3億年前の地層に属する黒色硬質粘板岩で、
産地は雄勝町のほかに、同じ宮城県内の登米市登米町、及び女川町と分かれて分布しています。これは、二畳紀後期の登米層(中部層)が2地域に分断して分布していることに起因しています。

 この地域にはかつて登米海と呼ばれる深い内海があり、そこに堆積した粘土や泥が白亜紀前期の地殻変動により粘板岩化し、玄昌石となりました。そして、玄昌石独特の黒色は、粘土中の炭質物の影響によるものです。

Feature of GENSHOSEKI
雄勝玄昌石の特徴

 硯としての品質の高低を決める要素の1つとして、墨を磨る際に歯の役割を果たす「鋒鋩(ほうぼう)」の質があります。雄勝玄昌石は、この鋒鋩の荒さ、細さ、堅さ、柔らかさのバランスが、とても良いとされています。この“大地の恵み”である雄勝玄昌石そのものが、彫りの技術とともに、雄勝硯が銘硯とされる理由の1つなのです。

 また、光沢・粒子の均質さに優れた玄昌石は、圧縮・曲げに強く、吸水率が低く、科学的作用や長い年月にも変質しないという特徴を持っています。この特性は、硯石としてはもちろん、建材(屋根瓦や壁材)としての利用にも適しています。

as a symbol for Revival
雄勝復興のシンボル

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 建材(スレート)としても利用価値の高い雄勝玄昌石は、1914年(大正3年)の東京駅駅舎創建時、屋根材として使用されました。それからおよそ100年後の2012年10月、まだ記憶に新しい駅舎リニューアル時にも、ドーム型屋根部分に使用されている天然スレートを納めています。震災の影響で残念ながらすべての屋根を雄勝石で彩るには至りませんでしたが、雄勝復興のシンボルとして、現地事業者が一丸となって取り組んだプロジェクトでした。